金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

30年やってきて…というお話

昨日は法友に御接待受けて徳永秀明さんのコンサートに行ってきました。
ここのところ毎日遊んでいるみたいですけど、夕方でかけるためにはそれなりに仕事詰めちゃうから大変です。
かなりの勢いでドタバタしてから出かけます。出かける場合は朝拝んで、掃除して、動物の餌やって、洗い物に洗濯物、その間に電話の応対。宅配も来たりします。・・・・・・大抵出かけるとなると昼食べているとかお茶飲んでいる余裕はありません。
まあひとりでやっているからしょうがないけど。
徳永さんは特別にファンじゃないけど女性シンガーのカヴァーアルバムを聴いてなんとなくいいなあ・・・くらいでした。
持ち歌もろくに知らないで行きました。ああこの歌がそうだったの程度。
ファンの人にはごめんなさい。
誘ってもらってとてもよかったですよ。
でも、そういう意味じゃファンというような対象の歌手はないかも。
大体が歌舞音曲とはそう縁のないとこで生きてますので。
音楽というと声明くらいですね。これも下手ですし、好きじゃないけど。
下手だから嫌いなのかな。
よそ様の声明だけど雲伝神道神道灌頂を受けた時の声明師の声明はすごかった。
余りに感動したので後で聞いたら専門の大家の方の声明でした。
実にすばらしい!この時ばかりは声明っていいなあと心底思いましたね。
でも音楽と宗教は本来切っても切れないものです。トランス系な宗教は特にそうです。
そういう意味じゃ仏教は基本的にはそれらと違うかもしれません。
大体戒律には歌舞音曲は禁止ですから。
徳永さんは自分がはじめて曲を作って歌ってから来年で30年になるとのこと。24歳からやっているのだそうです。
でも初めはジャンルにはまらないので批判ばっかりを受けてきたけど、今はそれをやってきてよかったと思っているという話でした。
会場では大きな拍手!
でもこれは本当に大事な話ですね。
おとといの大臣の「ものごと引き算でで考えていたらやっていけません」というお話も心に響いたけど、このお話も響きました。
なんでも、継続は力なりでやめちゃだめだね。
これと思ったなら。
バカだの、カスだのクズだのといわれ罵られても決してやめちゃダメです。辞めたら振出しに戻るだけ。
それだけ。
これでダメでもともとくらいでも前に進んでいかないと。
少なくとも後退しちゃダメです。
辞めたって誰も誉めまやしせん。
辞めれば負けだ。
所詮そんなことは相手にとってはどうでもいいんです。
自分は人生かけているんだから、そんなものにいちいち気なんか使っちゃいられない。
昔から言うように褒貶は人にあり。
どうでもいいんです。
世の中信念以て頑張って行けば捨てる神あれば拾う神ありです。
はじめからひかれている道行くのは楽だけど面白かないよね。
楽じゃなくても面白い方が断然いいですね。
個人的には。