金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

霊狐「懺悔文」を語る

 

我昔所造諸悪業 [がしゃくしょぞう しょあくごう]
皆由無始貪瞋痴 [かいゆむし とんじんち]
従身語意之所生 [じゅうしんごい ししょしょう]
一切我今皆懺悔 [いっさいがこん かいさんげ]

今までザックリ過去世に作ってきた罪を懺悔するという意味でいたが、それは浅い理解だと霊狐さんから言われた。

 

 

「冒頭にある『我、昔につくるところのもの者の悪業』が本当の原因ではない。

『諸悪をなすなかれ。諸膳を行い奉れ』という七仏の戒めは仏の教えの根本であるが、さりとて善悪外儀の所作に終わればそこは道徳と変わらぬ。

『皆無始よりの貪瞋痴による』というように無始の貪瞋痴が源だと知らねばならぬ。

これこそが元品の無明と言えるもの、根本無明だ。

「皆それによる」といっていると明らかに言っているではないか?

この根本無明を転じるのが仏道修行だ。

転識得智だ。

ゆえに荒神は大事だ。

よく衆生本来仏というが

荒神は己が根本煩悩であり、同時に悟りの淵源でもある。

荒神講式に「笑えば中台八葉の尊」というではないか。

とりもなおさず汝自身が荒神と知れ』

荒神は諸神諸仏の産土神、われら人間の俱生神というのもうなずける。