赤ちゃんが生まれる時。命名をしばしば頼まれますが、うちでは姓名判断をするのみでなく命名祈願というのをいたします。
これは占いではなく良い名前が定着するように祈る御祈願です。
荒神は天下万人の産土神で、倶生神ですから、その人の影の形の如くに沿う存在といいます。
この時荒神を祈り、一生の福分を祈願します。
荒神の正体とはその人の第八阿羅耶識です。
しかし良き異熟をためて悪しき異熟を除く。
第八阿頼耶識自体にはその力はないのですが荒神にはその力があります。
それは何かといえばそのまま放置した阿頼耶識が我々の人生に大きな破壊的作用すらもたらす忿怒の大荒神なら、そこに菩提心というものをおくことによってそれが仏としての荒神つまり如来荒神と変じるからです。
如来荒神は六臂金剛薩埵であり菩提心を司る普賢菩薩です。
菩提心こそが荒神の本源です。
菩提心の奥には分かちがたく一切を摂す如来の大慈悲心があります、
これがその人に人としての有情利益の良き「志」すなわち菩提心を与えるのです。
ただの異熟の蔵としての阿頼耶識に活きた方向性が生まれます。
それこそが生きがいとか生きる意味というものでしょう。
ただその人の一生が福分に恵まれたものにと祈るだけでは不足なのです。
仏教の真の目的はいずこにあるかということになりませんか?
誕生のはじめから、菩提心の発芽があらんことを祈る。
それが命名祈願です。