達磨大師の有名なお話
梁の武帝が達磨を召して「朕は寺院を建立し、僧侶を出だすこと多年である、功徳はいかばかりか?」と問うたのに対し「無功徳です」で突っぱねたという。
これは一般に武帝の自己満足な布施の心を達磨が破したものと言われている。
だが、それはいささか違うと思う。
そうであるかないかは武帝次第だろう。
若しも武帝がこの答えに不満ならまさしくただの自己満足の徒だったかもしれない。
だが武帝が仏教に深く達していれば逆にこの達磨の答えに大いに満足したことと思う。
「達磨よ 我が意を得たり」と思っただろう。
無功徳こそ最上の功徳だからだ。
善き報いのあらんことを期待する行為も「善因善果」でよき境遇を作ると言うが「無功徳」であればその人の「境涯」そのものをあげるからだ。
武帝が真の仏教者なら良き境遇よりさらに高き境涯を望んだことだろう。
武帝は常に戒を重んじ、殺生を嫌い菜食を常として世上「菩薩皇帝」と言われた一流の仏教者だ。