滅罪会の修行を何回も行っている方から次のようなメールをいただきました。ご本人の許可を頂いて掲載いたします、
ここから頂いたメール
大森先生
お世話になっております。
石川県の○○です。
滅罪会参加させて頂きありがとうございました。
今もですが、ふとした時に自分でも忘れていた感情がポコポコと浮上してきます。
きっと人には理解してもらえない。
伝わらない。受け入れてもらえない。
怖い。
深い悲しみと絶望感でした。
自分でもこんなにも深い傷として在ることに正直驚きました。
そして今まで向き合うことが出来ず蓋をしてきた事「ずっとほったらかしにしていて
ごめんね。もう安心していいから」と自分に謝りました。
尽きることなく、まだまだ心の大掃除は続いておりますが精進して生きたいと思います。
大森先生、修行者の方々の祈りに支えられている事、心より感謝お礼申し上げます。
【こういうメールをいただいたので、その言葉を自分自身をイメージできるクッションなどを抱きしめながら唱えてみては?という提案をしました。すると次のような返信をいただきました。】
大森先生、こんばんは。○○です。
ありがとうございます!
あれから先生からのアドバイスを受けて
夜寝る時や、感情が出てきた時にクッションをギュッと抱きしめ、心に准胝観音様のお姿を想いながら「こんなに長い間、気づかないふりしてごめんね、ずっと愛してるよ」
「もう、恐れなくても大丈夫だから」
「ありがとう」
そんな気持ちを一つひとつシリソワカのご真言で祝福して送り出しておりますと、柔らかく大きなものに優しく抱かれている感じがしてとても安心します。
不思議なのですが、先生に陀羅尼報恩会の申込みをした日が感情のピークで、申込みを落ち着いてからにしようかとも思いましたが、今、正直に感じたままを話さないと。先延ばししても、此処から先には進めないと強く感じました。
今回の滅罪会で現れたのは、あまりにも深いもので自覚のあるもの無自覚ものも含め心にずっしり刻まれている感じがしたのです。
私だけが持っていたものなのか?
ご先祖様にもいらっしゃるのか?
生まれ変わりがあるのなら、その時から今に続くものなのか?
溺れてしまいそうなくらいの闇の感情と
けれど正反対の安らかさをどこかで知っている感じ。
行ったり来たりでした。
妙な感覚ですが、お陰様で今は落ち着いております。
仏様、大森先生、本当にありがとうございました。
大森先生、シリソワカ 合掌
雨宝院蔵 准胝観音像