願似此功徳 普及於一切
我等与衆生 皆共成仏道
というのが回向文 法華成仏偈ともいわれています。
多くの宗派で唱えられているのをみると日本仏教の基盤にある法華経信仰の厚さを感じます。
師匠はこの法華成仏偈は何の祈願でも必ず最後にお唱えしなくてはいけない。
そうでないと聖天信仰のような徹底した現世利益の信仰は仏教でなくなると教えられました。
密教作法ではこの偈文は使いませんが、これにあたるのが真言で言うなら仏眼仏母の真言だと私は思います。
功徳を祈願だけでなく、成仏のために保持する仏として印言を唱える。
むろん大乗ですから皆とともにということです。
鎌倉時代の高僧 明恵上人の仏眼信仰は有名ですね。
「 願わくはこの功徳をもって」
この功徳とは今拝んだ功徳です。
「あまねく一切に及ぼし」
この一切はみな一切という意味もあるが、すべての方面でという解釈もできますね。
「われらと衆生と皆ともに」
われらは誰か。もともとは僧伽といわれる仏教教団です。
またはわれら仏教徒です。
衆生には異教徒も無宗教の方もむろん入りますし、動物、鬼神、餓鬼のようなものも入ります。誰であれこの祈りが仏の種となるようにという最も大きい祈りです。
大いなる祈り
これによって我々は大乗仏教の徒たりうるのです。