仏道修行する人が忘れてならないのが四無量心。
慈 悲 喜 捨
これがそろわないとただの善行であって仏道修行とは言えない。
慈はそのまま字の様に慈しみである。
これは密教で普賢菩薩の三昧にあてる。
この慈しみは世間一般でいうただの慈しみではなく、衆生の如来蔵性を愛する慈しみ。
皆、仏性を離れていない。私とあなた、私とあの人、私とこの人、私とだれでも。犬や猫、蛇や虫や小鳥や魚も同じ。
自分とわかちがたい命を愛する。
よく言う「命はみんな同じ」にとどまらない。
命の奥に仏性を見る。
だから仏教の慈悲はヒューマニズムでもなく、エコロジーでもない。
そこをわからないで最近は「仏教ってエコなんです」とか「人間主義のヒューマニズムの宗教です」一緒にしがちだが一知半解というほかはない。
違うのだ。
内なる仏に相照らせば何ものも自分を離れていない同じ仲間だ。
何がきても同じ。
だからただの慈心といわず「無量」の字が付くのだ。