最近の仏教学者も僧侶も「六道輪廻」や「生まれ変わり」を鼻で笑うようだから研究すらしないだろうが
人の生き死には二通りある。
一つは普通の生き死に、これは人でなくても動物でも一緒。
「分断生死」
つまり転生の原動力がカルマである世界。
いわゆる業業流転ということだ。
特に人間は色々生まれ変わる。動物は基本いつまでも同じ動物に変わるほかない。
その諸行が変わらないことと善悪の感覚がないことからそうなる。
同じカルマの道を歩みやすい。
それでも何らかのきっかけでそこから人間世界や、天界に行くのもいる。
この分断生死は生まれ変わるたびに記憶は全部リセット。
カルマのみ持ち越し。
仏道修行も縁に触れるところからやり直し。
悟りに至るまでにゲームオーヴァーしやすい。
もう一方は「変易生死」ヘンニャクショウジと読む。
こちらの転生の原動力は菩提心。
ただし、菩提心あればだれでもというわけでhない。
これはあるレベル(相当なハイレベルだが)まで悟りが進んだ者の生死。
いわゆる三界の束縛から離れた界外の菩薩の生死。
不退転地にいるので転生しても変わらずに修行の続きに過去世の記憶をもって邁進できる。
リセット無しで修行の続きができるわけだ。
ダライラマなどが過去の持ち物を選ぶことで決定要素になるのもそういうことでしょう。
何度も生まれ変わって一からやるのはしんどいし、先に進まないから、早くこのレベルに行きたいものだ。(笑)