金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

大根254本の霊験

日光修験の伊矢野師の聖天供は大福生寺の先々代、藤本真靖大僧正のと同じで、伊矢野師の聖天供の師、前の善光寺大勧進を務められた石塚慈侊猊下からの直伝で、藤本師とともに、浅草寺の故清水谷教順貫主の修された聖天供。
私の修しているのは、比叡山の故筑摩座主の伝授したものでわが師大福生寺の先代である故白戸快昇住職から受けました。
また、のちに現園城寺長吏、福家英明猊下よりも三井流のものを拝受いたしました。

なんか伊矢野師とは実に不思議な因縁です。
もうよく憶えていないんですが確か20代のころですが飲み屋のカウンターで孔雀明王がどうのこうのという場違いな話を堂々としていたのが伊矢野師でした。
「変わった奴だな…。」と思いましたが・・・その後も続々と密教や修験の話をしている。聞いているカウンターの中の人間は多分ちんぷんかんぷんでしょうが一向構わず話しをしている。(師のこの性格は今も一緒です)
あまりケッタイな人だったので思わず声かけてみたら不思議な因縁に驚いた次第、白戸師と石塚猊下は大変親しい間柄だったのです。まあ、それにしてもよくいろんなことを知っていると舌を巻いた。

伊矢野師の聖天供というのはこれがまた面白くて、浴油などは特別大きな祈願がないとしない。するとなると「お供物第一」で例えば初座が大根左右一本づつだとすると次の座は2本ずつ、その次は倍の4本づつあげる。
この調子だと七座やっても全部で254本大根が必要になる。
「もうお堂が大根で埋まる」そう。
こういう調子だから滅多にやらないらしいけど…やったら霊験ぴか一で選挙など当選させて得票数まで判ったという。
その時はもう聖天さんが伊矢野師と一つになっているからそういうこともわかってくるのですね。
でも大根254本は大変です。もちろん清水谷猊下も石塚猊下もそういうやりかたはしないでしょう。
彼独自のものです。別段、加持祈祷の看板を出しているわけでもないのですが知る人ぞ知る聖天行者だと思う。そういう秘儀は彼は直に聖天さまの心を察知してしているんですね。

※写真は高野山のお札印刷店で伊矢野師が昔入手されたものを頂きました。大阪箕面の聖天様のお札も同じ感じらしい。貴顕天部のお姿の男天、女天が三昧耶の箕の上に立つ姿。珍しいですね。

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それで伊矢野師がもっぱら拝んでいるのは木天なんです。松の芯から作ったもので油にも浮かばず、浴湯というお身ぬぐいもいらぬとのこと。油はじいてしまうんです。
浴油まではしなくても本尊が木像は実は結構有名な聖天様に多い。
生駒様はそうですね。木像で浴油もする。
普通、俗説では金天が最上で銀天、銅天、の順で霊験があるというけど…
わが師も「金だろうが、銅だろうが金属像は型があるだろう。鋳造すればいくらでもできる。
そこは木像はオリジナルだからね。
それが本当は一番良いんだ。
浴油するのは浴油仏といって別でもいいんだ。だからオリジナルということでいえば昔は金属像はできたら型を壊したもんだ。二度と同じものができないようにね。」といっておられた。

伊矢野師は本当にお聖天様が大好き。
ある日、耳元で「日光もね、二荒山と読むだろ。二つの荒神、つまり聖天さんだ。」といっていました。確かに神さんの本地は阿弥陀、馬頭、千手で皆蓮華部ですから聖天さんとも縁が深い。ウ~ンなるほどと思う。
彼は三所権現と聖天にそういう関係を見ているんですね。
「それは違うよ、二荒山は補陀落山の訛称ですよ。」なんて言ったら彼に笑われる。
そんな知識は百も承知で言っているんですから。
そういうのがあるから口伝にも初重、二重、三重とあるんだわな。
こういうのにどれが正しい、どれが間違いなんてないんですね。
それを言い出す奴は何もわかっちゃいない。
行者のセンスの問題です。